包みと中身

昨日は熊野庵にてボディーワークの勉強会を行った。

雨のなかを遠方から3名の方が来てくださった。

いずれも鍼灸やマッサージなどの施術をしている方ばかりで、それなりに解剖学の知識は持っている。

それでも今は筋骨格系の構造・機能とその触察法を徹底的に学んでいる。

私たちが学んでいるボディワークでは、筋膜の全体像を捉えることが不可欠である。

ひとつひとつの筋肉や骨も大事だけれど、それらをしっかりと包み込みながら全身に張り巡らされている筋膜を重視する。

包み(筋膜)の状態を理解するためには、その中身(筋肉や骨)を徹底的に知っておく必要があるのだ。

人の姿勢や動作を観察するとき、筋膜に注目することで視界が大きく開けてくる。



四足走行

先日、髪をカットしに行き、待ち時間に『FRIDAY』という週刊誌を見ていたら、四足で走る日本人の記事があった。

とても興味深く思ったので、ネットで検索してみると、その人の動画をいくつか見ることができた。







四足走行で、50mが8.2秒、100mが18.25秒という。

ブログのプロフィールによれば、得意な走り方は「パタスモンキー型ギャロップ走行」とのこと。

なんだかよくわからないが、パタスモンキーの動画も見つけたので載せておこう。







今後、私が身体の構造と機能を考えるとき、折に触れてこの人を思い浮かべることになるだろう。




お腹を冷やさないように

なんだか体調が変だなと感じるとき、腋の下に体温計をはさんで計測し、「36、5℃だから異常がない」と言ったりすると思う。

しかし、私たちの体は全身が均等に同じ温度であるわけではない。

身体の熱の偏在のあり様を観察すると、とても大切な情報が得られることが多い。

どこが温かく、どこが冷たいか、その偏り具合からいろんなことが読みとれる。

平熱だからといって、必ずしも「異常がない」とは私は思わない。


 ☆


冷え症の人は、たいてい手や足が異常に冷たくなる。

お腹や胸だけが異常に冷えるという人はあまりいないと思う。

体幹には生命の維持に重要な内臓が詰まっている。

内臓が冷えるとその働きが衰えるので、生命の危険にさらされる。

だから身体に熱が不足していると、末端よりも体幹を、表面よりも体の奥を優先して温めようとするものなのだ。

もし全身が異常に冷えているなら、たぶんその人は死んでいる。


 ☆


先日、平熱が37、3℃という人に出会った。

ほんとうに温かい人である。

37℃台では“微熱”にもならない。

39℃ぐらいになると体調が良かったりするらしい。

汗もきちんと出るし、赤ら顔というわけでもない。

いったいどういう体質なのだろうかと興味が湧く。

医者からは「あなたは絶対に癌にならない」と言われたそうだ。

たしかにその通りかもしれない。

癌細胞は熱に弱い。


 ☆


私たちの身体は、およそ3分の2が水でできている。

水分を摂らないと生きていけない。

しかし氷の入った冷たいものを飲む必要など全くない。

冷たいものを飲み食いすると、胃腸を冷やしてしまうことを忘れてはいけない。

それは胃腸の働きを衰えさせ、さらに他の内臓の働きも衰えさせることに繋がる。

お腹を冷やすことで生命力を損傷している人があまりにも多すぎると思うのだ。



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(2010/11/05)
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トライアスロン

今日、トライアスロンに挑戦しようとしている方とお話しする機会があった。

じつは私も学生時代にトライアスロンをやっていた。

ネットで検索してみると、20年前に私が初めて出場したトライアスロン大会のホームページがあった。
→ トライアスロン珠洲大会

今でもあの大会が続いていることを知り、ちょっと懐かしい気持ちになる。

スイム2.5キロ、バイク101.4キロ、ラン23.3キロというトータル127.2kキロのレースだった。


 ☆


それにしても、なんで私はあんな過酷なスポーツを好んでやっていたのだろうか。

大学時代の貴重な時間やお金や体力を、トライアスロンのために大量に注ぎ込んでしまった。

あの膨大なエネルギーを別のことに注いでいたら、今ごろ私はもう少しマシな人間になっていたかもしれないのに……。

しかし子どもの頃からの諸々の出来事や心象を思い返すと、私のエネルギーがトライアスロンに水路づけされていったのは自然な流れだったような気がする。

理由を考えればいろいろ言えるけれど、とにかくあのときの私はトライアスロンをやらずにはいられなかったのだ。

理屈ではなく、衝動に突き動かされていたというのが本当のところだと思う。


 ☆


現在の私の身体は、トライアスリートとは程遠いものになっている。

あの頃に較べると、エネルギーの総量は少なくなっているけれど、まったく違う水路づけがなされているのがよくわかる。

それは良い悪いといった問題ではないと思う。

ただ、エネルギーの流れが大きく変わる時期というのは苦しい。

私もトライアスロンをやめた後、しばらくの間は精神的にかなりしんどかった。

おそらくトライアスロンの大会は、私にとって通過儀礼だったのだと思う。

幸か不幸か知らないけれど、トライアスロンをやってなかったら今の私は存在していない。

人間万事塞翁が馬。

病気や怪我やトラブルなども一種の通過儀礼だと考えてみる。

そうすると生命の流れが観やすくなってくるように思う。



水路

今日は午後から台東区に出張があった。

少し早く着いたので、水かさの増した隅田川をボーッと眺めていた。

するとボートがやって来た。

ゴールデンウィークということで、大勢の観光客を乗せているようだった。

雨の日が続いたが、今日は晴れて良かった。


 ☆


エネルギーの水路づけということをよく考える。

エネルギッシュな人は、その有り余るエネルギーをうまく水路づけする必要がある。

さもないと自分や他人に危害を加えることになってしまう。

エネルギーが豊富にあるということは、必ずしも生命力があることを意味するわけではない。

動的平衡ということが生命力の鍵になる。

エネルギーの総量が少ない人でも、動的平衡が保たれていれば、それなりに健康でいられる。

生命とは、動的平衡にある流れなのだ。



エネルギーの水路づけと言うと、むかしは言葉とイメージが大切だと思っていた。

言葉やイメージを使って意識の向け方を工夫すると、相当な成果が得られる。

しかし今では身体の使い方も重要だと考えている。

東洋医学でいう経絡、太極拳でいう勁道……そういった動的平衡を保つための“水路”をいかにしてつくるか。

毎日そんなことばかり考えている。

やはり身体にまつわる言葉やイメージを洗練させていくことが大切なのかもしれない。

そして実際に身体を使って、動作を練り上げていくことが重要だと思う。